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こんにちは!食品工場(@bla9factory)です
今回は営業で入社した水野君のお話です。
彼は体重が100kgと大柄で眼鏡をかけていて結婚しており、仕事は出来ないがヤツでしたが性格は明るくいい奴でした。
でした……
そう、彼は入社して1年後に退職いたしました。
私のいるこの食品会社では初となる退職代行を利用しての退職でした。
もうあれから数年の歳月が流れたのですね
水野くんは営業部の部長に初めてしっかり怒られた翌日に退職しました。
それではしばしの間、水野くんとの思い出をご堪能下さい。
ベテランが去り、水野くんが入社した。
長年営業をしてきたベテランが60歳できっぱり辞めた。
定年延長での交渉で18万を提示され、
「ガキの使いじゃね〜んだ!ふざけるな!」とその場でキレて帰ってしまった。
その後は年齢が年齢なだけに最終日まではしっかり出勤して去ってはいったが、キレて帰った日から3ヶ月、辞めていくその日まで経営者層の人間との間では嫌〜な空気が、目に見えるんじゃないかと思えてしまうほど漂っていた。
その抜けた穴に入ってきた水野。
即戦力を求めていたため、他の社員には決して言えないが
スタートの給料は通常より10万も高くなっていた。
馴れ馴れしい男
水野は距離感が凄く近いやつだった。人見知りも全く無い。
さすが営業だなと思えるくらい仕事初日から誰とでも話をしていた。
でもね、距離感て大事。
水野の仕事初日、水野が帰った後に営業の数人と工場の数人がめずらしく話をしていた。
楽しそうな空気ではなかったので声をかけてみると、やはり水野の話だった。
「工場長、今日の新人馴れ馴れしくないですか?」
なにやら男数人で水野について あいつなんなの? という内容。
初日にして仲間失格の烙印を押されていた。
今日の水野の話の内容は基本マウントで常に自分の話に持っていき、何も聞いてもないのに教えてこようとするかなりめんどくさい奴 。
よくいる教えたがりだったようだ。
初日から距離感が近すぎるし、馴れ馴れしい。
大学はどこだったのかを高卒ばかりの工場の人達に聞いて回ったり、
大学は入ったほうが良いよとか、今は終身雇用は終わってるから学歴も知識も必要とか、
22歳の工場の社員にアドバイスしていた。
集まっていた中の一人の営業は
「水野の大学はFランより下ぐらいのランクだけどなぁ」「あの自信はどこからくるんだか」
と、呆れていた。
なにより、初日から話をした殆どの人に嫌悪感を抱かれていた。
だめだなコイツ。自滅して辞めてくタイプだな。
お前の自信は 自滅の刃 。
水野が入った年はコロナ禍の中「鬼滅の刃」で世の中、盛り上がっていた。
報連相ができない水野
前職でも営業職をこなしてきていた水野。
会社としては即戦力として採用しているので、早い段階で商談も一人で行くようになった。
商品の価格に関しては特に細かく報告するように営業部の部長に念を押されていた。
しかしそこはやはり水野、話のネタとしては期待通りの動きをしてくれる。
いやいや、当然会社としては面倒なこと。
月一での役職者会議。
参加者は課長以上、プラス重要事項以外の話は会社の今後の方針を知るためにも営業部も参加する。
いつも通りの会議が進行されていく中、営業部の報告が終わりかけたとき入社2ヶ月の水野が挙手した。※この会議で特に挙手は必要ない。
基本役職者会議なので一般社員は発言をしない
資料を見つめ、指名されるのをカッコつけて待っている。
なんともスカした感じが妙に鼻につく。
水野がカッコつけていることを気づけていない経営者層にも腹が立つ。
経営者ども以外の俺を含む叩き上げの役職者達はシラけた目で水野に発言を促すであろう
社長に視線を向けている。
そんな空気は4代目の社長も水野も感じ取れるはずもない。
「水野君なにか報告あるの?」
バカ社長。俺が社長なら挙手をシカトして会議を続行する。
「あ、はい。よろしいでしょうか」
社長がうなずく。
「えー、先週商談に行った〇〇食品でうちの商品を使ってもらえることになりました。」
うん?営業部長が営業係長に視線を向ける。
「え?どういうこと?決まったの?決まりそう、じゃなくて?」
営業係長が水野に聞く。
「かなり味を気に入ってくれましてぇ、もう即決に近かったです。」
もう自信満々。
水野の独断、単独行動を察した営業部長が
「社長すみません、この件はまた話を整理して改めて報告に行きますんで、すんません。」
今度は水野がビックリ …会社の利益になることしてるのに褒めてもらえないの?的な空気。
「え?あ、あの……」
こんな状態でまだこの状況を理解できないで話を続けようとする水野。
少し席が離れた場所にいる営業係長が凄い剣幕で水野を見ている。
そんななか人事部長が冷静に言う。
「そんな営業部長も知らない話が通るわけ無いだろ。」
「教育係が誰かは知らないけどちゃんと教えないと、とんでもないことになるよ」
「はい!すみません。」
営業係長が頭を下げた。
なんとなく自分が面倒なことをしたことにようやく気が付き始めた水野。
オロオロしながら営業部長のことを直視していた。
この直視は自分の部署のトップは抑えておきたい心の現われなんだろう。
後日、営業からの報告があった。
案の定、面倒なことになっていた。
水野は商品に利益を乗せずに価格を提示をしていた。
原価で商品を売ろうとしていたのでした。
そりゃあ客は喜ぶよ。
血相を変え、
営業部長がお客さんのところにすっ飛んでいって話を止めることが出来た。
運良くまだ契約書にサインはされておらず、
話を進めていた相手も平社員だったことから
相手先もお互いの詰めの甘さが問題だったということで今回は
なかったことにしてくれたようだ。
水野はわかっているのだろうか、この結末が決してプラマイ0ではないということを。
相手先に一つ借りを作ったということを。
こういうことに限って忘れた頃、大事な商談で響いてしまうことを……
水野は自称ナンパのプロだった
休憩室で工場の男二人と話をしていると
いつものように女の話になっていった。
最近は夜な夜な遊び回っている若手はめっきりいなくなった。
ましてや、女遊びなんか皆無。
エロい話、女の話をできる部下は貴重だ。
池袋、新宿、西川口、大塚等の風俗の話で盛り上がっていると、
今までどこにいたのだか、水野が会話に入ってきた。
いつも通り会話のメインを自分にしてしまう。
誰も水野自身になんか興味はない。当然だ。
入社して半年経った水野は誰からも面倒くさいヤツとして認識されていた。
「僕、風俗行ったことないんですよねぇ」
興味ねぇ〜
せっかく下ねた話せるレアな奴らと久々盛り上がっていたのに、
せめて入ってくるなら風俗の話をしろ。
風俗の情報交換は大事なんだよ。ちゃんと店行って足で稼いでるやつの情報は貴重なんだよ!
「そうなんすか〜?」
風俗大好き製造課の柳下が反応した。
「俺はナンパ派なんで」
いつものパターン「え?なんですかそれ?」
を引き出して、説明する感じで完全に自分の話に変えるパターン。水野のオハコ。
あ〜あ、風俗話終わっちゃった(¯―¯٥)俺は心底寂しくなった。
俺も水野の事が嫌いになっていった。
「ナンパって成功するんですか?」
「簡単だよ、俺失敗したことないし 俺プロだよプロ」
「マジっすか?教えて下さいよ!」
「もう最近はナンパもしなくなったけどね。」
「どこでやるんですか?」
「タイだよ」
……
時が止まる。
売春だろそれ
水野がボケないことを俺たち三人は知っている。
大マジで言ってる。
「タイなんて行けないじゃないですか〜」
柳下が一応ツッコんでみた。
「結構近いよ、最近は特に安く行けるし、金払えばほとんどナンパ成功するし。」
それ売春だよ。
俺達タイ人に興味ないよ…
そこから長い長い水野の教えたがりの話が始まった。
今回こそは何を教えるんだろうか。
タイの立ちん坊の女買ってることをナンパと言っているやつに。
俺は薄ら笑いを浮かべながらしれっとその場を立ち去ることにした。
「まず自分に自信を持ってないとナンパは…」
背中越しに水野のアドバイスがうっすら聞こえてきた。
二人が生贄になり俺は逃げることができた。
ETCの無い車
水野の車にはETCが付いていない。
そろそろ買い替えだから、まだ付けないという事だった。
車は軽。
たまにすれ違う水野の車は一人で社内が埋まっているように見える。
そんな水野の車に乗っけてもらい二人で登山に行くことになった。
最近はダイエットで「登山」をしているとのことで、
どこから情報を得たのか、昔から山好きな俺に声がかかった。
車の運転から出発時間、帰宅の時間、どの山を登るか等、全部水野が決めてくれた。
俺は超面倒くさがりだから凄く助かる。
水野の事が好きになってきた。
「部長には内緒にしてください。」
俺たちは平日に有給休暇をとって山に行くことになっていた。
水野の上司は考えが古いタイプで簡単には休みをくれないらしかった。
当日、バッチリ登山ファッションをキメた水野が愛車の軽自動車で迎えに来てくれた。
当然俺も山ファッションをバッチシキメている。
営業部長には内緒の二人だけの秘密の登山デートが始まった。
高速道路へ
AM7:00 今から出発して目的の山へは途中高速を使って2時間はかかる。
高速へ入る前にコンビニへ。
朝ごはんと道中のお菓子を買い、便所を借りて準備万端。
もちろん支払いは俺が持つ。送り迎えと運転を全部水野がしてくれるから、
コンビニ、昼飯、高速代、は俺が全部もつ。運転嫌いの助手席大好きな俺には安いもの。
そこは水野は恐縮してマジの割り勘を提案してきたけど、
「俺の財力をなめるんじゃね〜よ」といって一蹴してやった。
「偉大なる工場長様!ははあ〜」
二人のテンションはスタート地点ですでにマックスに達していた。
俺たちはまるでマブダチのよう。
俺は水野を好きになってきた。
もう小学生の遠足のバス状態でキャッキャキャッキャしていた。
助手席に乗っているだけで目的地についてしまう、好きなタイミングでスマホも見れる、
若い女が歩いていればいつまでも目で追うこともできる。
自由だ!おれは久々にシャバに出た感覚を味わっていた。
ムショに入っていたことはないけど。多分似てると思う。
会話は盛り上がり、一度も途切れることなく15分。高速道路に入った。
相変わらず話しっぱなしで盛り上がっていると料金所が見えてきた。
「この車ETC無いから割高なんですよね〜」
「ETC着けろって言ってるもんな国は」
「そうですよね〜現金のレーンも凄く減らされてるんですよ。」
「しかも、あんなに端っこですよ。イジメですよね!お金無くて付けられない人だって絶対いますよ!」
水野がETCについて熱く話している。
「うるせーなデブ!いいから早くETC付ければいいだろ!
意地でガラケー使い続けてるやつと変わんねーぞ」と
心の中では言っている俺。
当然口にはださない。
「そうだよな〜、国も考えもんだよな〜」
当たり障りない返答に終始する。
水野は直進する。ETCレーンが迫っている。
現金払いのレーンは左端。
まだ水野は直進する。
???
車線を変えない水野。
え?この車ETCついてないよな?
今もその話してたんだから…あれ?ETC付いてるんだっけ?
ETCが迫ってくるなか俺は訳がわからない状態になっていた。
もう完全に車線を変えられない位置まで来てしまった。
少し減速し始める。ETCを通過する40kmくらい。
近づいてくるバーが怖い。
「ETC付いてないよな!?」
「やべっ!」
水野のホントにヤバそうな顔。
ヤバい顔の教科書に出てきそうなくらいわかり易い表情。そんな教科書はいまのところない。
もう絶対に車線変更は出来ない。
後続車の追突を考えたら急ブレーキで止まることも危険。
ヤバい表情の2秒後に水野の顔は
いつものプライド高き漢の表情に変わっていた。
水野は仕事は出来ないが完璧主義者。
失敗を認めることはプライドが許さない。
「ま、大丈夫ですよ」
俺はこんなハプニングでは動揺なんかしませんよ、と心の声も聴こえてきた。
水野はもう減速すらしない。
バーは目前。
俺は腕で顔を覆いながら隙間からETCバーとの衝突を見守る、
このままバーがフロントガラスを突き破っても頭の上を通過するように身もかがめた。
冷静に考えれば、ETCのバーも金属で作るはずはない。
こんなアホなやつも国民には一定数いるだろうし、突っ込んでフロントガラスが粉々に何かなったら、国の責任問題にまでなるだろうから。
しかし今は数秒の出来事。何も考える時間はない。
興奮して自然と声が出る。
「ウヒョ〜!」
リアルに出る声はこんなもの。
映画みたいに「生きて会おうぜ!」なんて絶対でない。
もしこれで俺が死んだら、最後の言葉は
「ウヒョ〜!」だ。
それで水野だけ生きてたら、
「工場長の最後の言葉はウヒョ〜でした」
なんて真顔で俺の家族に報告しやがるんだろう。ふざけんなデブ!
水野は何も言ってない、水野は何も悪くない。
ボンッ
鈍く重い音。
バーがフロントガラスに当たった。
そのまま直進する。
バーはやはり車に当たることも想定して作られているらしく、
フロントガラスに当たっても少しあとが付くくらいで済んだ。
水野は無表情。動じることなくブレーキもせずに進み続ける。
「こえ~」
「すいません、ETC無いこと忘れてて」
「付けたことないのに付いてると思うのスゲーなぁ。」
普通に感心した。そんなレアな少数のタイプには少し憧れる。
「他にETC付いてる車乗ることあるの?」
「いや〜ここ数年はこの車しか乗ってないですけどね」
ETC付いてる車を普段全く乗ってないのにETCレーンに迷い無く入っていく水野。
母さん、人間という生き物はとても複雑にできているようです。まだまだ人体の解明には時間を要することだろうと思います。
「で、金どうなるの?高速の」
「大丈夫です。もうちょい走れば高速道路の職員がいるところありますから」
「詳しいね、」
「あ、はい2回目なんで。」
……
2回って!?
ETCのバーに2回目って?
今日でバーに突っ込んだの二回目!?
流石だよ水野……
かなわねーよ
妙に冷静なはずだよ、
初めてバーに突っ込むヤツのリアクションじゃないよな、やっぱり
初めてならウヒョ〜!言うはずなんだよ。
なんか嫉妬すらしちまうよ、クソ!
本来行くことのない高速道路の職員の場所に
行きなれた漢が駐車スペースにスマートに駐車する。
「すぐ終わるんで」
水野が登山服で建物に入って行った。
5分もしないで帰ってきた。
「ETCの所って動画撮られてるんですよ。だから絶対に逃げないほうがいいですよ」
なんで逃げんだよ?と思いつつも
「ああ、気をつけるよ」
「覆面被っててもダメですからね」
そのボケはなんなの?つまらなすぎるぞ
まずETCついてない車でETCレーンいかないから!
で、覆面被ってるよりレアなやつだからお前。
でも、そんな水野が愛おしいよ。
俺は人生地下行きの切符を持ってるやつが大好きだ。
俺は水野を大好きになった。
それから山に着き、山は普通に楽しく登れた。
だけどね、今日1番の山場は高速道路だったことは間違いない。
家まで送ってもらう最後までETCのバーにぶつかった跡がフロントガラスにしっかりとのこっていた。
俺は毎日こんな水野を載せているこの軽自動車が愛おしくなった。
「今日はありがとう」
水野と軽自動車に言った。
会社初の退職代行
水野が入社して1年が経った。
水野が話をするのは営業部長と俺だけになっていた。
同世代には完全に避けられていた。
あいつの話はつまらないし長いと。
それは同感だった。
そんなのは分かっていながらも気にしていない感じの水野は強いのか鈍感なのか?
なんてことも周りは話していたけどさ、
そんなはずないよ。
ホントは寂しいんだよ。人間なんてみんな同じ。強がるかさらけ出すか。
そんな状況下で水野はまたミスをする。
今まで営業部長は水野の事を怒ることはなかった。
入社して間もない頃の商品を原価で売りさばこうとした件も水野の今後の成長を期待して
怒りはしなかった。
むしろ部長自身が反省していた。もっと自分が管理していれば抑えられた事だったと。
今回営業部長が怒ったことも実に水野らしい、判断が微妙な出来事だった。
それは3日前の出来事だった。
よくクレームを入れてくるお客さんがいる。
それはもう毎回のことで帳合先も客の食品の取り扱いの問題とわかっているので
「工場長、申し訳ないんだけどいつもの報告書くれる?それがないと収まらないから」
とお願いしてくる。
そうは言われてもお客さんのクレームなのでしっかりと生産データを調べて
生産当日に異常がなかったかを徹底的に調べてから、
問題ありませんでした。との報告書を作る。
毎回その流れ。実際本当に商品自体に問題はなく、ほぼ取り扱いによるものだ。
水野が入社して一年、このお客さんについては何度も話に上がっていて、
水野も話には参加していた。
そして対応もどうすれば良いのかを散々見てきた。
今回水野は自分の判断で商品の代替品を特別に送ると言って
自己判断でお詫びとしてお客さんに送ってしまった。
それを数日後に報告された営業部長は鬼ギレした。
お客さんが怒っていて困っているのはわかる、しかし責任がうちにあるわけでもないのに
下手に高価な代替品を送ってしまったらうちがミスを認めたことになる。
そんな安易に責任を被ってはいけない。
クールヘッド、ウォームハート
心温かく冷静な判断で。
会社の信用に関わってくる問題は慎重に、より慎重に判断しなければならない。
「お前の安易な判断で会社の信用を傷つけるな!その簡単な考えが会社全体に影響してくるんだよ!」
水野はブータレた顔をしていた。納得いっていないのは表情からハッキリわかった。
その翌日水野は会社に来なかった。
10時頃、人事あてに電話がかかってきた。
10分もしないで電話は切れて、人事が
「水野くんは退職しました。退職代行で。」
この会社では初めての辞め方だった。
退職代行
ニュースなんかでは見ていたけど、今流行りの辞め方がこんな近くで使われるなんて、
時代だなあ。でも便利だよな嫌な奴の顔見ないで辞めれる。
水野らしくもあると思った。
辞めるときも空気読まずにひょうひょうとしてそうだけど、
やっぱり人は他人が思うより強くない。
水野も例外ではなかった。
営業部長と険悪になったら、もう話する人いないもんね。寂しいよね。
退職代行から連絡があった日に水野はLINEからも去り、電話番号も変わりました。
バイバイ水野
代行第一号として水野の名前は永遠に語り継がれる事でしょう。